阪神・淡路大震災から10年


1995年1月17日午前5時46分、兵庫県西部は激しい揺れに襲われました。この地震で、多くの建物が倒壊、JRや私鉄は軒並み不通となったほか、高速道路などのの高架は倒壊しました。港湾施設も大打撃を受け、市民生活は麻痺しました。各地で火災が発生。多くの家屋が火に包まれました。そして、なによりも数多くの人命が失われました。阪神・淡路大震災は、戦後初めての大都市を襲った巨大地震として我々に都市直下型地震の恐ろしさをまざまざと教えてくれます。平成17年はその阪神・淡路大震災から丸10年となります。震災10年を迎えるにあたり、行われた追悼行事などをいくつかご紹介します。

平成17年1月13日 客室の明かりで描く「ファイト」の文字
(ホテルオークラ神戸タワーサイドホテル (神戸市中央区))

ホテルオークラ神戸は阪神淡路大震災で建物が損壊、一休業に追い込まれた。営業再開直前の1995年2月21日から28日まで客室の明かりで「ファイト」の文字を浮かび上がらせた。これを見た被災者は大いに勇気づけられたという。震災10年を前に、犠牲者への鎮魂と復興への願いを込めて復活することになり、同ホテルの35階建てタワー棟の西側と北側の二面で6―33階部分に光の文字を描いた。1月11日に試験点灯、12,13日の両日、本点灯された。(14日も西面だけ点灯された。)


平成17年1月14日 「三ツ星ベルト」広告塔ライトアップ
(三ツ星ベルト本社中央工場 (神戸市長田区))

この広告塔は1959年、三ツ星ベルト創業40周年を記念してできたもので、震災でも倒壊せず、震災当時、長田を訪れるボランティアたちの道しるべにもなったという。73年に石油ショックでネオンが消えて以降、点灯されていなかったが、震災10年を機に復興への願いを込め、32年ぶりに1月14日から17日まで点灯した。なお、この広告塔は高さが約40メートル(地上55メートル)あり、神戸一の高さだそうだ。



阪神・淡路大震災から10年目を迎えた平成17年1月17日

前日からの雨も上がり、昼頃、「阪神淡路大震災1.17のつどい」が開かれている神戸市中央区に見事な虹がかかった。
 (画像提供 Captain Teaさん)


「阪神淡路大震災1.17のつどい」 (東遊園地)
神戸市中央区にある東遊園地にて「阪神・淡路大震災1.17のつどい」が行われた。

「阪神・淡路大震災 慰霊と復興のモニュメント」

受付で記帳すると白い菊の花をもらう。それをモニュメントの水に浮かべ犠牲者の冥福を祈った。ちなみに、地下は、「瞑想空間」とよばれ、震災で亡くなられた方の名前を刻んだ銘板が掲示されている。

1.17希望の灯(あか)り

台座には下の言葉が刻まれている。

 

1.17希望の灯り

1995年1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災

震災が奪ったもの 命 仕事 団欒 街並み 思い出

…たった1秒先が予知できない人間の限界…

震災が残してくれたもの やさしさ 思いやり 絆 仲間

この灯りは 奪われた すべてのいのちと

生き残った わたしたちの思いを むすびつなぐ

東公園にはボランティアが切った竹で「1.17」の文字がつくられていて、震災発生時刻の午前5時46分(12時間後の17時46分も)に犠牲者の数、6,566本のろうそくの火で文字が浮かび上がる。奥には関電ビルに浮かび上がった、1.17の文字が見える。会場は多くの市民が訪れて、思い思いに手を合わせていた。


神戸市役所1号館24階 展望ロビーより

神戸市役所1号館24階は展望ロビーとして開放されている。そこから「阪神淡路大震災1.17のつどい」の会場がよく見える。奥には関電ビルの1.17の文字。遠くに見えるのはポートアイランド。


震災のつどい (神戸市長田区)
この日、大きな被害を受けた長田区内各所では震災のつどい「ともそう!「希望の灯り」・ながた」が行われた。
写真は新長田駅前広場の様子。


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